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白米木屐村 |
「白米木屐村」は台湾北東部の宜蘭県蘇澳鎮にあります。「村」と付いている事からも分かるように、「白米」とはこの文化館のある地域の名前です。「木屐」とは「木下駄」という意味ですが、日本風の下駄ではなく、つっかけサンダルに似た形の木で出来た履物です。
白米は、大きな港や温泉がある事で知られる宜蘭県蘇澳鎮の南西部に位置しています。日本が台湾を統治していた時代から石灰岩などの採掘地として栄え、セメント工場などが立ち並ぶ一大工業地域となりました。しかしやがて、空気汚染などの深刻な環境問題に直面した白米の人々は、そのもっと昔、白米が木下駄の産地として台湾中に木下駄を提供していた頃の、美しい白米の風景を取り戻そうと考えたのです。
(白米コミュニティーのマルチ開発プロジェクトを担当する鄒金玉さんのお話)
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白米木屐村 |
空気汚染を解消し住民の生活環境を改善し、白米に美しい青空を取り戻す事が、私たちの最初の目的でした。しかし、その計画を進めるうちに、私たちはある事に気づいたんです。白米では、環境汚染だけでなく、人口流出と少子高齢化が深刻な問題となっていました。そこで、白米に人を呼び戻し、コミュニティー全体をより活性化させるために、木下駄を再び白米のシンボルにできないかと考えたんです。試しに、地元のアートフェスティバルで木下駄に関するイベントをしてみたところ大好評でした。白米は、昔は「木下駄の里」と呼ばれたほどの木下駄の産地でした。私たちは、白米にとっての木下駄の意義を改めて知ることになったんです。
白米木屐村では、白米における木下駄工芸の発展の歴史や作品の展示の他、工房も併設されていて、職人の手で木下駄が作られていく様子を直に見ることができます。体験コーナーでは、木下駄の色づけなどを体験する事もできますし、お土産コーナーも豊富です。
(鄒金玉さんのお話)
大好評を博した木下駄のイベント終了後、せっかく集めた木下駄を生かさない手はない、という事になり、あちこち探してようやく、現在の白米木屐村のある、台湾肥料有限公司の元社員寮に辿り着きました。ここの1階を利用し木下駄の展示を始めたところ、次第に多くの観光客が木下駄を見に訪れるようになりました。そこで私たちは、ここを改装し、地方文化館として運営していくため、行政院文化建設委員会に計画を申請し、2002年にようやく、白米木屐村として正式にオープンする事ができました。白米のような小さな地方の財政は決して裕福ではなく、また人材も不足する中でこれだけ大きな計画を実行するのはとても大変で、大きなリスクを伴う事でしたから、心配もありました。ですが、最終的には多くの住民が、このいわば町興しとなる計画に賛成し、一生懸命協力してくれました。
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白米木屐村 |
地域が一体となってつくり上げた白米木屐村は、今では宜蘭県の有名な観光スポットの一つに数えられるまでになり、連日大勢の観光客で賑わっています。今年2008年の入場者数は20万人の大台を突破しそうな勢いです。白米木屐村は私たちに、木下駄は履物としての道具であるだけではなく、そのデザイン、飾りや模様などの芸術を楽しむ事ができるのだと教えてくれます。木下駄が日常的な生活用品ではなくなり、木下駄産業そのものが衰退している今日、白米の人々は木下駄に新しい生命を吹き込んだのです。大成功を収めた白米木屐村ですが、鄒金玉さんの夢はまだまだ終わりません。
(鄒金玉さんのお話)
白米の永続的な発展、それが私たちの永遠の目標です。木下駄や、それと関連した工芸などを通して、白米の経済を活性化させ、外に出て行った若い人々を呼び戻したいんです。時間はかかるかも知れませんが、少しずつ進めて行きたいと思っています。でも、何よりも嬉しいのは、白米木屐村を訪れてくれる人々の笑顔です。ある日、重い病気を抱えたお婆さんが家族を連れてやってきました。そのお婆さんはとても嬉しそうに、若い頃に履いていた木下駄の思い出話をし、子供や孫たちに木下駄をプレゼントして行きました。あの日の事は今でも忘れられません。
白米木屐村の住所は宜蘭県蘇澳鎮永春里永春路126-1号、在来線の台湾鉄道蘇澳駅から1.5キロほどです。開館時間は午前9時から午後5時半まで、月曜日は休館です。入場は無料ですが体験コーナーは料金が必要です。
白米木屐村は、白米の地域を、そして木下駄という忘れられていた台湾の工芸文化を蘇らせました。もし宜蘭を訪れる機会がありましたが、ぜひ自分で模様をつけたオリジナルの木下駄を履いて、美しい蘇澳の港町を散策してみて下さい。
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白米木屐村 |
(担当:上野重樹) |