頼清徳・総統は6日、与党・民進党元駐米代表処(民進党とアメリカの国会との連携を深める組織)主任、マイケル・J・フォンテ(Michael J. Fonte)氏に「大綬景星勲章」を授与し、台湾とアメリカの関係のための大きな貢献を称えました。
頼・総統は、フォンテ氏は台湾が戒厳令を敷いていた時代に来台し、宣教活動を行い、人権の重要性を訴えた他、アメリカに戻った後も、長きにわたり、台湾人公共事務会(FAPA)に参加し、アメリカ議会へのロビー活動を行うなど、台湾とアメリカの関係の強化に尽力してくれたと評価。また、今年は台湾の総統直接選挙の実施から30年であることに触れ、フォンテ氏は半世紀にわたり、台湾の人々と共に奮闘してきた重要な親友であるとし、半世紀以上に及ぶ台湾民主化への真摯な貢献に感謝の意を表しました。
頼・総統は2024年に民進党主席として、間もなく退任を控えた民進党初の駐米代表処主任であったフォンテ氏に「終身貢獻獎章(生涯功労賞)」を授与しました。そして今回、総統という立場で「大綬景星勲章」を授与し、その貢献を称えました。
頼・総統は特別に台湾最大の方言である台湾語で挨拶をし、フォンテ氏はアメリカ・ニューヨーク出身であり、1967年に神学校を卒業後、教会から台湾の農村部に派遣され、農家の人々のために奉仕し、中部・台中、彰化、北西部・苗栗を駆け巡り、毎日6時間台湾語の練習を重ねてきた。そのため、彼の話す台湾語は多くの台湾人よりも流暢であると紹介。またフォンテ氏はしばしば、「台湾に心奪われた」と語っており、総統として、また民主的な台湾の一員として、フォンテ氏を台湾に派遣してくれた教会に非常に感謝している。なぜなら、フォンテ氏の貢献は、台湾が民主主義へ進む過程に大きく寄与したからであると述べました。
頼・総統はさらに、フォンテ氏はアメリカに戻った後も、アメリカ議会や行政部門、一つ一つ訪ね、絶え間なく働きかけを行ってくれた。「マイケルの働きかけがあったからこそだ、当時、台湾の国際的な地位が揺さぶられていた中、アメリカ政府のゆるぎない支持を得るため、また様々な困難に立ち向かうため、マイケルは常に台湾の人々と肩を並べて歩み、共に民主主義の実現と国際社会の支持を求めて戦ってきた。その苦労については、ここにいる一人一人、特に蕭美琴・副総統や、遠景基金会の陳唐山・董事長をはじめとする諸先輩方は
深く胸に刻まれているはずだ」と述べ、フォンテ氏が半世紀以上にわたって台湾のために尽力してくれたことへの感謝の意を表しました。
そして、フォンテ氏はすでに引退したとはいえ、今後も後輩の指導を続けてほしいと述べ、台湾が勝ち取った民主主義と繁栄を守るために今後も共に協力していくことへの期待を示しました。
フォンテ氏は挨拶の中で、1967年に台湾に来た時、台湾は戒厳令時代であり、社会正義の業務に取り組む訓練を受けてきたが、その能力を発揮するスペースが全くなかった。そのため、わずか3年で台湾を離れることとなった。もし当時、誰かから、台湾が20年後には繁栄した民主主義国家になると言われていたとしたら、自分が最も好きな台湾語のことわざ「較早睏較有眠(早く寝れば、早く夢を見る、あり得ない話のたとえ)」を引用して一笑に付していただろうと嘆きました。
そして最後に、台湾語で「台湾の民主主義万歳」と叫び、民主主義はとどまることはないと強調。今の旅路の一端を担えたことをとても光栄に思う。今後も依然として様々な課題に直面するだろうが、台湾は強靭性を維持し続け、見事な戦いを繰り広げることを期待していると述べました。
(編集:中野理絵/許芳瑋/本村大資)