2026年のウクライナ最大のメディアの祭典、「リヴィウ・メディアフォーラム(Lviv Media Forum, LMF)が14日から16日にかけてリヴィウ市で開催されました。
16日に閉幕した後、主催者は台湾国際放送の運営母体である、中央放送局(Rti)訪問団および国際メディア関係者を、リヴィウ市にあるウクライナ公共放送「Suspilne Ukraine(通称:ススピーリネ)」本部へ案内し、一行は、同局がミサイル攻撃の脅威と情報戦という二重の圧力のもとにありながら、いかにして全国向けのニュース放送および公共情報サービスを維持しているかについて実地で学びました。
旧ソ連時代の放送体制から、戦時下の情報の要塞へ
「Suspilne Ukraine」の前身は、旧ソ連時代のラジオ・テレビ放送体制に遡ります。2014年にロシアがクリミアを併合した後、ウクライナは公共メディア改革に着手し、政府や政治勢力の影響を受けやすかった国営プロパガンダ型の放送体制からの脱却を進めました。そして2017年、ウクライナは「ウクライナ国家公共放送」を正式に設立し、全国のテレビ・ラジオおよび地方メディア網を統合することで、同国初となる本格的な公共放送体制を構築。さらに2022年のロシアによるウクライナ全面侵攻以降、「Suspilne Ukraine」は急速に、国内の公共情報を維持し、ロシアによる偽情報に対抗し、国際社会との連携を担うという重要なメディア拠点へと発展しました。

リヴィウ市にあるウクライナ公共放送「Suspilne Ukraine(通称:ススピーリネ)」本部の建物(写真:Rti)
ロシアの戦車はどこで止まるのか?
リヴィウ市に位置する「Suspilne Ukraine」本部は小高い丘の上にあり、建物自体は1950年代に建築されたことから、冷戦期の雰囲気を色濃く残しています。旧ソ連時代に設置された大型送信塔や放送用アンテナが今も残るほか、周辺には中世の城跡も点在しており、こうした歴史的要素が重なり合うことで、このメディア拠点は独特の歴史的な奥行きを持つ場所となっています。
今回、訪問団の対応をしたのは、同局の上級幹部であるマリア・フレイ(Mariya Frey)氏です。フレイ氏によると、2022年にロシアによるウクライナ全面侵攻が始まった後、「Suspilne Ukraine」は直ちに戦時体制へ移行し、キーウ市および東部地域のメディア関係者が次々とリヴィウ市へ避難したことで、同拠点は一気に人であふれかえる状態となったといいます。
フレイ氏は「ロシアの戦車がどこで止まるのか、誰にも分からなかった」と当時を振り返りました。また、戦争初期は電話が絶え間なく鳴り続け、多くの人々が所属していたメディア機関はすでに停止、あるいは攻撃を受けていたものの、それでも彼らはボランティアとして参加を申し出て、報道の専門性を生かしながら戦時下の報道活動を続けたと指摘。そして、「当時、この場所は各地から集まった人々であふれていた」と語りました。

24時間体制で稼働する戦時下の放送中枢
リヴィウ市の同局本部は急速に、ウクライナ西部におけるメディアのバックアップ拠点へと格上げされました。施設内には複数のスタジオ、ラジオ放送設備、大型テレビ信号送信塔、そして多重バックアップシステムが整備されています。万が一テレビ放送の信号が途絶した場合でも、システムは直ちにラジオ放送へ切り替わり、全国への情報提供を継続できる体制となっています。
Rtiの訪問団は今回、通常は公開されることの少ない同局の「戦時放送統制・運用センター」を視察する貴重な機会を得ました。このシステムは、ウクライナの戦時メディア・インフラの中核を担うもので、技術チームが24時間体制で全国の信号源や放送状況を監視しています。その目的はただ一つであり、「戦時下でも放送を絶対に途切れさせないこと」にあるということです。
施設に入る前、局員から「写真・動画撮影は禁止」との注意が特別に伝えられたといい、一行が壁一面に並ぶ監視モニターと、絶えず切り替わる全国各地の映像を前にすると、現場には一瞬で緊張感が広がったということです。「Suspilne Ukraine」の局員は、戦時下の放送運用における最大の課題は、ミサイル攻撃、ドローン空襲、通信障害、前線の変化といった緊急情報をリアルタイムで把握することにあると指摘。そのため技術チームは、極めて短時間のうちに放送信号の切り替えや生中継の再調整を行わなければならない状況に常に置かれていると説明しました。

避難室に残された子どもの落書き――戦争を刻むもう一つの記憶
極度の緊張が続く戦時下の環境には、人々の胸を打つ別の一面もありました。
多くの報道関係者が長時間にわたり待機勤務を続ける必要があるため、一部の職員は子どもを職場へ連れて来ざるを得なかったといいます。空襲警報が鳴ると、子どもたちは大人とともに防空シェルターへ避難し、警報解除を待つ間も授業を続けていたほか、避難スペースの壁には今も、子どもたちが描いた落書きや絵が残されています。動物、家族、街並み――同局の局員は、「こうした幼い筆跡は、今では二度と再現できない“戦争の記憶”になっている」と語りました。

放送塔の下に広がる古都 情報戦最前線の現場
リヴィウ市に位置する「Suspilne Ukraine」本部視察の最後、訪問団は建物の屋上へ上がり、小高い丘から、千年の歴史を持つ古都リヴィウを一望しました。リヴィウの美しい街並みが眼下に広がる一方、高台に聳え立つ電波塔や放送施設の姿も同様にはっきりと見えました。この都市は長い歴史の中で、複数の帝国や国家、文明の境界地帯に位置し、そして現在は、ロシアとウクライナの地政学的対立を支える後方拠点であると同時に、情報戦の最前線へと姿を変えています。
こうした光景を目の当たりにし、Rti訪問団は、現代の戦争において放送と公共メディアはもはや単なる情報産業の枠を超え、国家の重要インフラに不可欠な存在となっていることを強く実感したといいます。
ウクライナ語放送が協力の契機に
交流の過程で、「Suspilne Ukraine」は、Rtiが現在ウクライナ語放送サービスを実施していることを知り、大きな驚きを示したということです。両者は今後の報道協力、番組交流、そして公共メディアの運営経験の共有について意見交換を行い、この戦火の中で生まれた出会いを契機として、より多様で深化した協力関係の構築に期待を寄せました。
(編集:豊田楓蓮/許芳瑋/本村大資)