6月になりました。今月は、情感豊かなハスキーボイスでおなじみ、歐陽菲菲さんの楽曲をお送りしましょう。
歐陽菲菲さんは1949年、台湾北部、台北市で生まれました。お父さんは、中華民国国軍、空軍の退役軍人で、中国大陸、長江の南岸に位置する江西省がルーツです。
芸能人としてのキャリアのスタートは舞台役者でしたが、演劇にはあまり興味がなかった為、歌手に転向、その歌声はすぐに注目され、1966年、当時、台北市を南北に貫く目抜き通り中山北路にあった一流ナイトクラブとの契約を果たしました。
その後、日本へ赴き、1971年にザ・ベンチャーズ作曲の「雨の御堂筋」でデビューを果たしました。来日当時、日本語はほとんどできなかった歐陽菲菲さんでしたが、抜群の歌唱力は大きな話題に。9週連続でランキング1位となったほか、年末の日本レコード大賞では新人賞を受賞、さらに来日一年未満で異例といえるソロコンサートも開催しました。
翌年1972年にリリースした「雨のエアポート」も日本有線大賞を受賞、同年、NHK紅白歌合戦にも出場、一躍スターダムに上り詰めました。
「ミュージックストーリー」ではこの6月、5週にわたって、歐陽菲菲さん自身のヒット曲のほか、歐陽菲菲さんが歌った台湾でリリースされた日本歌謡界の名曲のカバー曲など、台湾華語で歌われた楽曲の数々をご紹介してまいります。
初回となる今週はデビュー曲、「雨の御堂筋」の自身による台湾華語カバー曲、「雨中徘徊」、そして翌1972年、自身初めて紅白歌合戦に出場した際に歌った、作曲筒美京平、作詞橋本淳の黄金コンビによる「恋の追跡/ラブ・チェイス」の、自身による台湾華語のカバー曲「就這樣甜蜜活到底」をお送りいたしましょう。
6月1日、「恋の追跡/ラブ・チェイス」で作詞を担当した橋本淳さんが、5月21日に86歳で亡くなられていたことが明らかになりました。御冥福をお祈りいたします。