まもなく8月を迎えます。終戦記念日が近づきますと、先の戦争について記事や番組で取り上げられ、戦争の悲惨さや平和の尊さについて自ずと考えることが増えますね。
日本の統治下にあった台湾。台湾人日本兵は軍人、軍属あわせ3万人以上が戦死し、台湾島も700人以上亡くなった1945年5月31日の台北大空襲をはじめ、アメリカ軍による空襲の被害を受けました。
また台湾沖の空域、海域でも多くの人々が命を落としました。特に多くの被害を出したのは、台湾とフィリピンの間に位置するバシー海峡です。中でも陸軍の揚陸艦「玉津丸」は、撃沈され5000人近い方が命を落としました。
「玉津丸」は1944年8月、4820人を乗せ、日本の佐賀県と長崎県に跨る伊万里湾を出発、台湾の離島、澎湖島を経由し、フィリピンのマニラに向かっていたところ、台湾最南端恒春半島の南、バシー海峡で、アメリカ軍の潜水艦により撃沈されました。短時間、しかも孤立状態で沈没した為、乗船者4820人のうち生還者はわずか65名、およそ4800人が亡くなったとされています。そして、犠牲者のご遺体の多くは潮の流れに乗って恒春半島に漂着しました。そのご遺体を現地の人たちが埋葬したと伝えられています。
この20日から、台湾在住の日本人の方の地道な調査がきっかけとなり、戦没者の遺骨収集と慰霊に関する事業などを実施している一般社団法人「日本戦没者遺骨収集推進協会」による遺骨の発掘、収集作業が行われています。当地でのこうした活動は、実に51年ぶりということです。
本日の「ナルワンアワー」はこの話題をお伝えいたしましょう。