<オープニング:台湾、韓国にまたがる時代ドラマ『再見1987』放送開始>
本日2026年8月30日から、公視台語台(公共テレビ局 台湾語チャンネル)でドラマ『再見1987』の放送が始まった。1940年代から1987年まで、台湾、日本、韓国を舞台に、一組の男女の人生を通して激動の東アジア史を描く作品である。
物語の中心にいるのは、邱雪と李俊賢。二人が出会うのは1943年の夏だ。少し反抗的で、自分の夢を持つ女学生の邱雪は、名門校に通う青年・俊賢と恋に落ちる。「一生一緒にいよう」と誓い合った二人だったが、終戦を迎えると、台湾を取り巻く社会と政治の状況が劇的に変わっていく。その荒波は、二人の人生にも容赦なく押し寄せてくる。
1945年、日本の敗戦によって台湾は新たな時代へと入る。しかし、平穏な日々が訪れたわけではなかった。1947年には二二八事件が起こり、その後、台湾は長い戒厳体制の下に置かれる。当局から思想犯と目された俊賢は台湾を離れ、韓国へ逃れることを余儀なくされる。一方、台湾に残された邱雪は、娘を抱えながら身を隠すように生きていく。
そして40年余りの歳月が流れた1987年、邱雪の許へ韓国から一通の手紙が届く。それをきっかけに、長い間封じ込められていた彼女の過去が、少しずつ姿を現していく。『再見1987』というタイトルが示すように、物語の現在は、台湾の戒厳令が解除された1987年に置かれている。1949年に施行された戒厳令は、実に38年もの長きにわたって台湾社会を覆い続け、1987年7月15日にようやく解除されたのだった。
その間、台湾は「白色恐怖(白色テロ)」と呼ばれる政治的弾圧の時代が続いた。政治的な思想や発言を理由に逮捕・投獄される人々が相次ぎ、家族や恋人にさえ、自分の身に起きたことを語れないケースも少なくなかった。国家発展委員会檔案管理局の資料によれば、この時期には約2万9千件の政治案件が発生し、14万人が被害を受け、3,000~4,000人が処刑されたとされている。
こうした歴史を背景にすると、邱雪と俊賢の別離は、単なる悲恋として見ることはできない。戦争や政治によって人生の進路を突然変えられ、愛する人との関係さえ、自分の意思だけでは守ることができなかった人々。その一人ひとりの人生に刻まれた「語られなかった歴史」が、二人の物語の背後に横たわっている。
本日は、私も日本統治時代の台湾の女学校の校長役として出演した、このドラマ『再見1987』のあらすじや見どころを紹介する回としたい。また、最近日本でも公開された、これも私の出演作の『波の音色』(原題『聽海湧』)の邦題決定の秘話についても、最後にご紹介したいと思う。
<第1セクション:一通の手紙が呼び覚ます40年前の白色テロの時代の記憶>
『再見1987』の主人公は方志友さん演じる邱雪である。邱雪は少し気の強いお嬢様で、女学校の演劇部では厳格な演出家を務める。小説や戯曲を書きたい、あるいは画家になりたい、世界がもっと幸せになってほしいーーそんな未来への夢を抱き、自分の人生を自分で選びたいと願っていた当時としては先進的な少女だった。そんな彼女の人生に、戦争や戦後の白色テロという、自分の力ではどうすることもできない時代状況が突然入り込んでくる。
愛する人との別離。尋問や拷問。そして、家族を守るために過去を語ることさえできない日々。かつて「世界がもっと幸せになってほしい」と願っていた少女は、いつしか、まず自分と家族が今日を生き延びることだけを願わなければならなくなっていく。方志友さんが演じる邱雪の姿には、溌剌とした少女だった彼女が、時代の中で少しずつ別の人生を生きざるを得なくなっていく女性の切実さ、重苦しさ、哀しさが滲み出ている。
一方、1987年の晩年の邱雪を演じるのは、ベテラン女優の蘇明明さん。40年以上の歳月を経た彼女の前に、一通の手紙が届き、若き日の記憶が再び姿を現す。それは単なるノスタルジーではない。「あのとき、別の選択をしていたら…」長い人生を生きてきたからこそ顕在化する後悔や、失われてしまったものへの思い。1987年という時点から過去を振り返る構成によって、本作は一人の女性の人生そのものを、静かに問い直していく。
今年の台北電影節でのプレミアム特別上映を終えた後、方志友さんは自身のSNSで、邱雪という女性の人生を振り返っている。そこには、「邱雪の人生で最も重要な二人の男性――一人は愛した恋人、もう一人は愛したくても愛することのできなかった男性――への感謝」とともに、「邱雪にとって最も深く、最も痛ましい遺憾(心残り)だった月娥」への思いが綴られていた。
「一個愛人、一個不能愛的人(ひとりは愛する人、もうひとりは愛することのできない人)」という方志友さんの言葉から浮かび上がるのは、邱雪が経験したのは、決して単純な一途な恋愛ではなかったということだ。邱雪の人生には、愛しながらも結ばれることのなかった人だけでなく、時代や運命によって「愛する」という選択そのものを許されなかった関係もあったことを示唆している。そして、その人生の中で取り返すことのできない最大の心残りとして、方志友さんは「月娥」という女性の名を挙げている。
方志友さんはさらに、「愛を自由に口にすることさえ難しかったあの時代には、『再見』という一言が、そのまま『再び会うことはない』という結末になってしまうこともあった」と振り返る。ここには、邱雪が経験した別離の痛みだけでなく、言葉にすることさえ許されなかった愛や、取り返すことのできない選択をしてしまったことへの深い悔恨が込められている。
邱雪は、ただ一人の男性を生涯待ち続けた女性ということで単純に語ることはできない。愛した人、愛することのできなかった人、そして取り戻すことのできなかった大切なもの――。そうした幾つもの「愛」と「遺憾」を抱えたまま、激動の時代を生き抜いた女性ということが、物語から見えてくるだろう。
したがって、『再見1987』の「再見」には、二つの意味が重なっているように思える。「さようなら」という“別れの言葉”であると同時に、「もう一度会おう」という“願いの言葉”でもある。40年という時間を隔てて、過去と現在、台湾と韓国、そして生きている人と記憶の中に残された人が、もう一度向き合う。その再会こそが、この作品の核心なのかもしれない。
二人の別離を象徴する印象的な小道具が、「紙のカエル」だ。台湾を離れ、韓国へ渡ることになった俊賢は、台湾に残る邱雪に「必ず帰ってくる」と約束する。その証として、韓国から台湾の邱雪のもとへ紙のカエルを一匹ずつ送り、6匹目が届いたら、自分も台湾へ帰ってくる――二人はそんな約束を交わす。
「カエル」と「帰る」は、日本語では同じ音を持つ。その言葉遊びから生まれた紙のカエルは、離ればなれになった二人が再会を信じるための、ささやかな合図、約束だった。しかし、戦争やその後の政治的な混乱は、二人の願いを簡単にはかなえてはくれない。「帰る」と約束した人は、本当に故郷へ戻ることができるのか。
この問いは、俊賢と邱雪の恋愛だけにとどまらない。戦争によって故郷を離れた人、政治的な理由で国を出なければならなかった人、家族のもとへ戻ることのできなかった人――20世紀の東アジアには、「帰りたいのに帰れない」という人生が数多く存在した。そう考えると、紙のカエルは単なる恋愛の小道具ではない。それは、愛する人のもとへ、そして故郷へ「帰りたい」という、人間の切実な願いそのものを象徴しているように見える。
それではここで、一曲お聴きいただこう。『再見1987』と同じく、白色テロの時代を扱った作品で、日本でも『霧のごとく』の邦題で公開中の映画『大濛』のエンディング主題歌『大濛的暗眠(深い霧の夜)』。主人公の少女・阿月の姉の阿霞役で好演した歌手の9m88さんの歌でお届け。この楽曲は今年の台北映画祭では、最優秀オリジナル映画歌曲賞を受賞している。
<第2セクション:東アジアに跨る歴史ドラマの向こう側にあるもの>
『再見1987』は、日本統治期の台湾、第二次世界大戦、戦後の二二八事件、白色テロに加え、韓国の政治状況や1960年の「4・19革命」も描き込んだ、時代や国境を跨る壮大なドラマに仕立てられている。俊賢が台湾を離れ、韓国へ渡るという設定によって、台湾と韓国、それぞれが経験した戦争、独裁、民主化という歴史が、一人の人生の中でも交差していく。そこには、冷戦下の東アジアという、現在の国境だけでは捉えきれない時代の姿が浮かび上がってくる。
さらに、台湾語、日本語、韓国語が飛び交う作品世界も見逃せない。方志友さん自身、久しぶりに台湾語を学び直す中で、その言葉の美しさを改めて感じたと語っている。言葉そのものが、その人物の生まれ育った場所や、背負ってきた歴史を伝える重要な要素になっている。
二二八事件や「白色恐怖」は、歴史の教科書では、発生した年月日や数字で整理することはできる。しかし、そこに生きていた人々にとって、もっと個人的な話だったはずだ。ある日突然、家族がいなくなる。恋人と連絡が取れなくなる。自分の過去を誰にも話せなくなる。そして、何十年も経った後になって、ようやく「あの人はどうしているのだろう」と思い出すことが許される。『再見1987』は、そうした「歴史の数字には表れない時間」を、一人の女性の人生から描き出そうとした作品とも言える。
方志友さんが演じる若き邱雪は、未来に夢を描いていた、ちょっと反骨心のあるごく普通の少女だった。その彼女が時代の荒波の中で愛する人と引き離され、家族を守るために沈黙を選び、やがて1987年という新たな時代の入口に立つ。そこに描かれるのは、歴史に勝った人でも、歴史を変えた英雄でもない。ただ、時代に翻弄されながら、それでも自分の人生を生き抜いた一人の女性の姿である。
そして、1987年7月15日に戒厳令が解除されたからといって、それまでの記憶や傷まで瞬時に消えるわけではない。制度としての「時代」が終わったあとも、人の心の中には、疼き続ける痛みとともにその時代が残り続ける。『再見1987』が描くのは、まさにその瞬間に交錯する様々な思いなのだと思う。長い別離の果てに、もう一度誰かと出会うこと。過去を振り返り、失ったものと向き合うこと。そして、帰ることのできなかった人々の思いを、次の世代へ手渡していくこと。
「再見」という言葉には、別れだけではなく、再会への願いが込められている。1987年という一つの時代の終わりを見つめながら、『再見1987』は私たちに問いかける。あの時代を生きた人々は、何を失い、何を守り、そして何を胸に抱えて、その先の人生を歩いていったのか。それは台湾の過去を知るためだけではなく、歴史の中で生きる「一人の人間」の姿を見つめ直す物語でもある。
ではここで、もう1曲お聴きいただこう。現在日本でも公開中の台湾ドラマ『波の音色』(原題『聽海湧』)の挿入曲の1つ「The Senior Lawyer」。実は私がこの作品の中で演じたのが、日本側弁護士団の団長であり、つまり「The Senior Lawyer」ということになる。自分の役にテーマ曲があったのには驚いた。ベルギー出身で、台湾の映画音楽ですっかりお馴染みのThomas Foguenne(トーマス・フォゲンヌ|福多瑪)さんが作曲、演奏は高雄市立交響楽団。
<第3セクション:『波の音色』(原題『聽海湧』)の日本での公開と邦題決定秘話>
さて、私の出演作『聽海湧』が、『波の音色』の邦題で8月15日より、日本の映像プラットフォームU-NEXTで配信が開始された。配信に先立ち、本作のプロデューサーの林佳儒さんは、次のように語っている。
「今から3年半前、『聽海湧』がまだ撮影前の準備段階だった頃のこと。日本語指導を担当してくださった俳優で脚本家の蔭山征彥さんが、こう言った。『もし将来、日本で放送されることになったら、タイトルはもう考えてあります。『波の音色』にしましょう!』当時はまるで夢物語のような話だったが、その一言は、未来を見据えた予言のような言葉となった。
撮影期間中には、脚本の日本語翻訳を担当し、高橋弁護士役としても出演した馬場克樹さんから、「海鳴り」というタイトルの提案もあった。悲壮な時代背景や、主人公たちのやるせない心情を表現するには、こちらのほうがふさわしいのではないかという意見だった。
一方、当時、司令官役の塚原大助さんが私に説明してくれたことを今でも覚えている。『「海鳴り」という言葉から思い浮かぶのは、浮世絵に描かれるような、荒れ狂う波が岩に打ちつける壮絶な情景。一方で「波の音色」が描き出すのは、陽光が降り注ぐ穏やかな浜辺に、静かに寄せては返す波の音。』
『聽海湧』の物語は、戦争という悲惨な時代を描いている。しかし、主人公の新海家の三兄弟にとって「海」の記憶とは、故郷であり、家族であり、「帰りを待っている場所」でもあった。気の弱い末弟の木徳がジャングルで夜警に立ち、不安に震えていたとき、次兄の志遠は、かすかに聞こえる波の音に耳を澄ませるよう促し、「今も故郷にいるんだ」と想像してごらん、と語りかける。
脚本は、この場面で初めて『聽海湧』というタイトルに込められた意味を明かす。そして木徳が目を閉じ、波の音を聞きながら思い浮かべるのは、高雄の海辺の風景。戦争によって引き裂かれる以前、三兄弟が最後に過ごした、ごく当たり前で、かけがえのない幸せな日々だった。
だからこそ、私たちは日本版タイトルに『波の音色』を選んだ。それは、三兄弟が「波の音色」に寄せる深い想いを表すとともに、私たちから彼らへ贈る、やさしいまなざしでもある。日本版のメインビジュアルに添えられたこのタイトルは、まるで木徳がもう一度、故郷の波の音に耳を澄ませているかのようだ。」
私は当時『海鳴り』のタイトルを主張したが、この話を聞いて、またポスターを見て『波の音色』で良かったのだとつくづく思った。「海鳴り」は戦場の海、「波の音色」は故郷の海。台湾の視点から太平洋戦争を描いたこの『波の音色』が、より多くの日本の方々に届くことを願っている。
最後にもう1曲、この『波の音色』の挿入曲から、福多瑪さん作曲、 國家交響樂團(国立シンフォニーオーケストラ)の首席ハープ奏者の解瑄の演奏で「Happiness」をお聴きいただきながらお別れしたい。