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台湾ミニ百科 - 2025-07-16-【代表的な“眷村”の一つ「勝利星村創意生活園区」】

今回は、台湾の歷史を語る上で重要な、「眷村」と呼ばれる集落についてです。眷村とは、外省人、つまり戦後中国大陸から台湾に移住した人々が暮らした集落のことです。

眷村に暮らした「外省人」とは、蒋介石率いる中国国民党と毛沢東率いる中国共産党による内戦に負けた国民党が1949年10月以降台湾に逃れた際にやってきた軍隊とその家族のことです。彼らは軍隊の駐屯地である「軍営」や学校の周囲に住居を作り、生活の場としたそうです。国民党政府は当時、武力による中国大陸の領土奪還を絶対の目標としており、台湾にいるのは一時的なことと考えていました。そのため、眷村の住居は狭く簡素であっただけでなく、周辺には安く作れる簡単な竹の囲い(竹垣)が作られ、眷村はその囲いによって元々台湾に暮らしていた閩南人や客家人の集落と隔てられました。

中華民国婦女連合会の1982年の統計によると、眷村は違法建築を除き台湾全土に879カ所あり、その総面積は2000ヘクタールに上ったそう。しかし時代の変化によって、高層ビルに取って代わられ昔ながらの眷村は徐々に姿を消してしまいました。

ではなぜ、この眷村について紹介したいと思ったかというと、私は先日、台湾全土でも珍しい、今でも非常に良い状態で保存されている眷村が見られる台湾最南端・屏東県へ行き、当時の歴史を感じてきたから。そこは現在、政府が約20億円の予算をかけて「勝利星村創意生活園区」として観光地化されています。名前についている「星」は、かつて眷村に住んでいた将官たちの階級を表していた星だといいます。例えば少将なら一つ星、中将なら二つ星という風にしていたため、かつてこの地に住んでいた将官たちを象徴する名前なのです。

私は元々他の目的があり屏東県へ行き、余った時間でどこか観光したいと思い屏東県に暮らす台湾人にお勧めスポットを聞いたところ、今ここが人気だと言われ初めて行きました。もし一つ一つゆっくり見たら3時間はかかるほど本当に多くの住宅の一部がそのまま残されていたり、当時の建物をリノベーションした飲食店やお土産屋さんが並んでいて、ぜひより多くの方にこの場所の存在を知ってほしいと思いました。私も最初は遠くから見て、古い建物が沢山並んでいるなあと思うくらいでしたが、近づきよく見てみると、古いトイレや洗面台が入る建物には窓の外から自然に入ってきた木の一部が一面に広がり生い茂んでいたり、現代のマンションのすぐ近くに当時のキッチンや浴槽と思われる所がそのまま残っていて現代と過去が同時に感じられました。古い壁には国民党のマークが大きく描かれており、何だか当時にタイムスリップしたかのような光景に感動もしました。中にはある一つの建物の前でウエディングフォトを撮るカップルもいて、今ではあまり見られない「昔ながらの風景」を現代に生かした場所となっています。

実はこの地区、元々、眷村となるより前の日本統治時代後期に屏東県にやってきた大日本帝国「陸軍飛行戦隊」の官舎として発展した場所です。この部隊は当時台湾の防空作戦だけでなく、原住民族討伐作戦の支援任務も担っていて、当時100近くの官舎がありました。そして戦後日本軍が去り、国民党は建物を接収しそのまま暮らしたというわけなのです。勝利星村創意生活園区は台湾全土で最多、そして最も完全な形で保存されている日本軍の官舎が集まる場所という面もあるのです。

このように日本人がかつて暮らしていたために、現在も残る建物には所々に日本人の知恵が見られます。例えば、外壁には、台湾の湿気に対応するため床を高く設けそこに通気孔がありました。これは地面の湿気から木造構造を守る工夫だそう。

屏東県のホームページには、『日本でもこうした建物がこれほど集まっている場所を見つけるのは難しいため、ここを訪れた日本人は驚くという』と書かれていたのですが、現に私もその一人となりました(笑)。

また、当時の建物をリノベーションしたお店としては、例えば日本の着物をレンタルして写真も撮れるお店があったのですが、看板には『ペットの着物もあります!ぜひペットや恋人と共に記念写真を!』と書かれており、その横には鯉のぼりも飾られていました。また、日本の駄菓子屋さんのようなお店では、台湾ならではのお菓子やおもちゃといったお土産や、暑い日には欠かせないアイスクリームを購入でき、敷地内で休むこともできます。店内で会計を担当していたおばあさんと少しお話しする時間があったのですが、その方は元々台湾北部・基隆市の有名な観光地「九份」出身で、結婚を機に19歳ではるばる台湾最南端の屏東県までやって来たと教えてくれました。そこで「愛」の力はすごいなあと思ったと同時に、その勇気は同じく19歳で台湾へやってきた自分と通じるところがあり、親しみを感じました。最後に「自分は日本から来たと」話すと、お店のマークがついたキーホルダーをプレゼントしてくださり、良い思い出の品となりました。

と、なにしろ東京ドーム約2個分の広さのある「勝利星村創意生活園区」には多くの見所があり、時間の関係上ほんの一部しかご紹介しきれません。

また、台湾には他にも北部、中部、東部にも多くの眷村があり、今回の例のように今でも大切に保存されている所もあります。

*今日の一曲

興味のある方はぜひ、台湾ならではの雰囲気を感じに「眷村」へ訪れてみてはいかがでしょうか?