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台湾ミニ百科 - 2025-08-27-【台湾初の大型動物園「圓山動物園」の歴史】

今回は、台湾で最初の大型動物園・圓山動物園について、その歴史をご紹介します。紹介しようと思った理由は、私が先日、圓山動物園を前身とする台北市立動物園に行った際、日本とも深い繋がりのある歴史を学び皆さんにも伝えたいと思ったからです。ちなみに「動物園」という単語は元々中国語には存在しない言葉です。日本で福澤諭吉が1866年に出版した『西洋事情』という文献の中で初めて登場し、それから16年後の1882年に日本初の動物園である「上野動物園」が東京に設立され、「動物園」という言葉は日本で定着したと言われています。それから、台湾へ持ち込まれた言葉なんです。

ではここから皆さんを、圓山動物園が出来た1914年の世界にお連れしましょう。

100年以上前、まだ日本統治時代であった当時、民間の日本人が圓山地区に花や木、動物を観賞できる施設を一般人向けに開設、そこでは日本から輸入した当時まだ珍しかった鳥類などの外来動物を展示し小規模かつ民営の「圓山動物園」と名付けられました。翌年の1915年、大正天皇即位を記念して日本政府の台北庁は創設者から圓山動物園を買収、官営(つまり国が運営する)動物園となり、1916年4月20日から正式に営業を開始しました。1916年の開園当初、少なくとも70種148匹の動物を展示していました。

圓山動物園は台湾初の大型動物園であるだけでなく、当時の植民地を含む日本で5番目の官営動物園だと言われています。

開園後は他の国との動物交換交流や台湾で初めてのゾウの飼育が実現。1924年には「ヨウスコウワニ」という唯一、温帯だけに生息し全長2m程度の小型のワニが卵を産み、これが日本を含め初めての出来事に。1933年には5匹のワニの赤ちゃんの孵化に成功し、世界最初のヨウスコウワニの孵化に成功した動物園となりました。1915年に生まれ動物園のスターとして大変な人気を誇ったオランウータンの「一郎くん」は、当時日本の大阪天王寺動物園によって日本一のオランウータンに選ばれ、表彰状も授与されました。1926年には6歳のゾウ「マーちゃん」がシンガポールから船で台湾北部・基隆港まで運ばれた後圓山動物園にやってきました。これが台湾で最初のゾウの飼育の始まりです。

このように魅力的な出来事が日々増えてく中、圓山動物園の来園者数は1930年代から顕著に増加し始めました。

当時、圓山動物園は家族連れにとって人気のお出かけスポットとなったほか、学校の校外学習の場としても選ばれました。遠い所では東部・花蓮の小学校の卒業旅行の行き先になったことも。

そして、1921年からは初めてとなる夜間の開園も始まり、7月と8月の夜は宝探し、花火、演劇、映画など、多彩な娯楽を提供。

特に夜間動物園のために準備された照明設備の数は2倍に及び、当時の政府にとって珍しい大規模な投資となりました。ちなみに現在までこの夜間動物園の風習は残っており、台北市立動物園では毎年7月と8月の毎週土曜日に夜9時まで開演し、動物たちの夜の姿を観察できます。私も台湾の夜間動物園を体験してきましたが、夏休みということもあり非常に多くの家族連れで賑わっていました。

先ほどご紹介した圓山動物園時代の動物たちや園内を写した写真、映像、そして当時のチケットやオランウータンの一郎くんがパフォーマンスで使用していた本物の自転車など貴重な歴史の足跡は台北市立動物園内の教育センターで見ることができ、こちらは夜間動物園の開園時、夜9時まで無料開放されています。

話を圓山動物園の歴史に戻します。

来園者も増加し、順風満帆かに思えていましたが、戦争が始まると時代の波に翻弄されます。1937年に日中戦争が始まり、夜間開園などのイベントは中止されました。1943年12月、空襲時に猛獣が逃げ出して人を傷つけることを防ぐため、上野動物園に続き、クマ、ライオン、トラ、オランウータンなどの猛獣を殺処分しました。戦争末期には、猛獣の処分で空いた飼育舎が日本軍の軍用犬や軍用鳩の飼育場となり、さらに園内に軍事設備が保管されることを理由に、一般市民の立ち入りを禁止。こうして、日本統治時代の動物園は休園期へと入っていきました。

戦後は、「動物によるショー」が動物園再建の希望の光となります。

歴代の出演動物は少なくとも11種、演目は約50種にのぼり、延べ300万人を超える来園者を呼び込みました。ヤギ、ライオン、オウム、クマのショーが中心で、時には二、三種類の動物による合同パフォーマンスも。なかでもサルは、欠かすことのできない主役的存在でした。

また、展示スペースは日本統治時代の施設を改修して使用。一部の新しい飼育舎では、鉄柵から脱却し、半開放式の自然な囲いを採用。これにより、動物との距離が縮まり、新しい観覧体験を提供しました。

1986年になり、より広い敷地を求め移転するため圓山動物園は閉園、動物たちは数十万人の市民に見送られながら、14.3キロメートルの道のりを南下して現在の台北市立動物園へ移動しました。そのパレードは台北市によって行われ、主役の動物を乗せた20台の車両のほか、先導する警察車両、国旗を掲げた車両、医療チームなどの車両合計38台で構成された大規模なものでした。

そして同じ年の10月31日に「まったく新しい動物園」台北市立動物園がスタートし今に至ります。

現在は二匹のパンダが特に人気を集めるほか、300種類以上、2000を超える個体を大人一人500円ほどで見る事ができ、台北メトロの動物園駅を降りてすぐというアクセスの良さもあり台北市における人気スポットの一つとなっています。東京ドーム約35個分の広さでとにかく広く一日中楽しめます。興味のある方は是非一度訪れてみてはいかがでしょうか!

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