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馬場克樹の「とっても台湾」(爸爸桑的「非常台灣」)-2025-10-19-台湾屋台の両エース──「蚵仔煎」と「胡椒餅」

台湾の屋台料理の定番、牡蠣オムレツ(蚵仔煎)と胡椒餅。パーソナリティー撮影写真をコラージュ。
台湾の屋台料理の定番、牡蠣オムレツ(蚵仔煎)と胡椒餅。パーソナリティー撮影写真をコラージュ。

<第1セクション:食感と味わいに衝撃を受けた台湾屋台料理『蚵仔煎』>

  • 本日は台湾グルメシリーズ。私の中では台湾の屋台料理の両エースと目している「蚵仔煎」と「胡椒餅」についてお話していきたい。「蚵仔煎(ô-á-tsian)」は、「蚵仔」と呼ばれる牡蠣を主役にした卵焼き風の「小吃(スナック)」で、台湾の夜市・屋台料理を代表する一品である。英訳語の「oyster omelet」から、「牡蠣のオムレツ」と和訳されることが一般的だが、西洋料理のオムレツとは外見も食感も異なる。

  • 外見は薄い卵の皮にぷるんとしたでんぷん質の粘り気が加わったやや硬めのもんじゃ焼きといった見た目、甘酸っぱいとろみのあるタレをかけて食べるのが一般的で、その食感のコントラスト(もちもち・ふんわり・ぷりぷり)が最大の魅力である。今から25年前になるが、2000年に私が初めて台湾を観光で訪れた際に、その食感と味わいに最も衝撃を受けたのが、士林夜市で食べた「蚵仔煎」だった。

  • 「蚵仔煎」の起源は福建の閩南地域に求められるのが通説である。閩南、広東の潮州や汕頭の沿岸部では古くから「海蛎煎」「蠣餅」など、牡蠣をサツマイモの粉や米の漿(かす)で固めて焼く料理が存在し、これが移民や貿易を通じて台湾へ伝播したものと考えられている。鄭成功と一緒に伝来したとする説もあるが、その真偽はともかく、閩南食文化との連続性があることには疑いの余地はないだろう。

  • その後、17世紀頃までに福建から渡ってきた閩南系漢人たちが、沿岸部で採れる小型の牡蠣を日常的に使い、各地の屋台・家庭料理として「蚵仔煎」の原型となった牡蠣料理が定着していったものと思われる。「蚵仔煎」の発明者を特定するのは困難であるが、福建由来の海産物加工文化が原型である点は様々な資料で一致している。

  • 近代以降の台湾では、「蚵仔煎」は都市部の屋台や夜市の定番となり、地方ごとに独自のアレンジを生んでいった。台南・嘉義・基隆・台北といった都市の屋台がそれぞれ自慢の「蚵仔煎」を競うようになり、観光資源としても注目されるようになった。さらに20世紀後半以降、台湾の夜市文化の拡大とともに、「蚵仔煎」も国内外の旅行者に知られる台湾の代表的ストリートフードとなった。

  • さて、「蚵仔煎」の調理上の最大の特徴は、「地瓜粉」と呼ばれるサツマイモ澱粉を卵液に混ぜる点である。澱粉を加えることで卵の生地の一部が粘性を帯び、加熱するともちもち・ねっとりとした食感が生まれるのである。こうして冒頭でも述べたように、オムレツともお好み焼きとも違い、もんじゃ焼きともまた違った独特の食べ物が完成する。

  • 一般的な調理工程は次の通りである。フライパンに油(基本的にはラード)を熱し、生の小ぶりの牡蠣を広げる。続いて、あらかじめ水で溶いた「地瓜粉」を流し入れ、さらに卵を割り入れて薄く広げ、カットされた「小白菜(パクチョイの類)」と呼ばれる葉物の野菜を加えて両面を焼き上げる。焼き上がる直前にケチャップ・酢・砂糖・醤油・味噌などをベースにした甘酸っぱいタレをかけて仕上げる。こうして、外側の香ばしさ・卵のふんわり感・中のもちもちした糊質感・牡蠣のプリプリ感が同居する独特の屋台料理が誕生する。

  • タレの風味や食べ方は地域差がある。台北を中心とする北部では「醬油膏(甘い濃厚醤油ペースト)」を加えるスタイルがよく見られ、色がやや褐色づく傾向があり、濃厚で甘み・旨味が強めのタレが好まれると言われる。嘉義・台南などの南部では、タレに「番茄醬(トマトケチャップ)」を加え、赤みを帯びた色合いで甘味も北部よりもさらに強い傾向にある。また、南部では中に入れる野菜も「小白菜」ではなく「豆芽菜(もやし)」を使う例も多い。ただし、タレの調味料の配合は店によって千差万別であり、牡蠣の鮮度や焼き加減とともに、このタレの味で店の優劣を評価されてしまうことも多い。

  • 「蚵仔煎」の要となる食材の小ぶりの牡蠣は、主に台湾西海岸(布袋、東石、王功、台西をはじめとする彰化・雲林・嘉義・台南沿岸)で養殖されている。牡蠣の鮮度・サイズ・塩味は出来上がりの味に直結するため、屋台では朝採れ、名産地のブランド牡蠣を使うことで差別化を図ってきた歴史もある。

  • 蚵仔煎は台湾以外にも福建、広東の潮州・汕頭、東南アジア(フィリピン、タイ、マレーシア、シンガポール)の華人コミュニティで類似料理が見られる。例えば潮州・汕頭の「蠣餅」(牡蠣を豚挽き肉や刻んだ野菜を米粉ときな粉を溶いたものの中に入れて丸めて揚げる料理。牡蠣のかき揚げ。台湾の「蚵嗲(ô-te」と同系統の料理)やシンガポールの「蚝烙Orh luak / オーラック)」(縁はカリッとし中はとろっとした食感の牡蠣のオムレツ)などは、具材・粉種・調味法が地域で変化した兄弟料理といえる。これらは移民・交易による食文化の伝播と現地化の分かりやすい例である。

  • 「蚵仔煎」は単なる屋台料理を越え、台湾の地域性・漁村文化・食の多様性を象徴する存在となった。近年はローカルの食材ブランド化、観光資源化、さらにはミシュランやガイドブックでの紹介による屋台評価の高まりなどにより、伝統的な屋台からセミフォーマルなレストランまで「蚵仔煎」は提供の場が広がっている。

  • 起源は福建・閩南の沿岸食文化にあり、台湾到来後に夜市・屋台で独自に発展した「蚵仔煎」。料理的特徴は「卵+『地瓜粉(サツマイモ澱粉)』によるもちもち感」と「牡蠣のプリッとした食感」、「とろみのある甘辛タレ」の三位一体にある。地域差(タレ、粉の種類、調理法)や類似料理(福建・潮州汕頭・東南アジア)が存在し、食文化の伝播と現地化や私のライフワークでもある「文化の混成」を語る上でも、典型的な例となっている。

  • ここで江蕙さんの歌で『青蚵仔嫂(tsing-ô-á-só)』。この曲は台湾民謡の『台東調(台東節)』のメロディーに、漁村で新鮮な牡蠣を売る家庭の主婦の苦労やありのままの生活、それでいて楽観的な生き方を歌った台湾語歌謡のスタンダード・ナンバー。

  • 『青蚵仔嫂』は、1970年代に誕生した台湾を代表する台湾語歌謡で、庶民の生活情感を描いた名曲として知られる。一般に作詞は郭大誠によるとされ、旋律は、先ほども述べたとおり、台湾東部に伝わる民謡『台東調』をもとに改編されたもので、特定の作曲者を持たない民謡系統の楽曲である。

  • タイトルの「青蚵仔嫂」とは、牡蠣採りを生業とする女性を指す台語で、「青蚵仔(チンオアッ)」は新鮮な牡蠣、「嫂」は既婚女性への親しみを込めた呼称である。

  • 歌詞は、貧しくも誠実に働く漁村の女性の姿を温かい眼差しで描くもので、海辺で「蚵仔(牡蠣)」を採りながら夫や家族の暮らしを支える健気さが歌われている。潮風に吹かれながらも明るく生きる彼女の姿には、戦後の台湾庶民のたくましさと希望が重ねられている。旋律は素朴で親しみやすく、台湾語特有の抑揚を生かした情感豊かな歌唱が求められる。

  • 『青蚵仔嫂』は発表当時から大ヒットし、後に洪一峰、文夏、江蕙など多くの歌手によりカバーされ、台湾人の郷愁を誘う名曲として現在も歌い継がれている。この曲は単なる労働歌を超え、台湾女性の勤勉さと家庭愛、そして海の民の生活文化を象徴する歌として高く評価されている。

<第2セクション:スパイシーな刺激を求めてリピーターと化す「胡椒餅」>

  • 続いてご紹介するのは、こちらも台湾の夜市で人気を誇る「小吃(スナック)」の「胡椒餅(フージャオピン)」。外は香ばしく焼き上げられたパン生地、中には黒胡椒を効かせた豚肉餡と青ねぎがぎっしり詰まった「焼餅」と呼ばれる焼いた小麦粉料理である。鉄の窯(多くはタンドール状の円筒窯)に貼り付けて焼く独特の製法が特徴で、パリッとした皮とジューシーな餡の対比が魅力である。これも私が2000年に、台北の饒河夜市で最初に食べてから病み付きになった、私にとっての「台灣小吃」のもう一つのエースである。

  • 「胡椒餅」のルーツは、中国の福建省・福州周辺または河南省開封のいずれかの系譜をもつとする説があるが、近年、研究者の間では「戦後、外省人(中国からの移住者)によって台湾に広まった説」が比較的有力であるようだ。中国北方に広く分布する粉物の主食・点心の一種で小麦粉生地を焼いて作る「焼餅」がその原型というものである。戦後(国共内戦後の1949年以降)、国民政府とともに移住してきた外省人の中には河南・山東・福建出身者が多く、米食が主体だった台湾の各都市に、北方・中原地方由来の「麵點文化(小麦粉食文化)」をもたらした。「胡椒餅」は「水餃」や「饅頭」「包子」などとともにその時に普及したという考えである。

  • 一方、福建・閩南地方にも「葱肉餅」と呼ばれる類似料理が存在し、台湾の閩南系移民の間でも似たような調理法があったとされる。「葱肉餅」も葱と肉を具にして胡椒や五香粉で調味し、小麦粉を練った外側の皮を炉で焼く料理ということであるから、「胡椒餅」と用いる食材はほぼ一緒である。だとすれば、台湾の「胡椒餅」は、閩南系の「葱肉餅」と外省系の北方式「焼餅」が融合した産物と見なすこともできなくはない。

  • 1950年代〜60年代、台北市の雙連市場や萬華地区などでは、外省系の露店や屋台が登場し、小麦粉を使った「點心(スナック)」の「焼餅」類が普及した。中でも「胡椒餅」は、屋台で気軽に食べられるボリューム満点の軽食として人気を集め、1970年代以降、夜市文化の拡大とともに台湾全土に広がっていった。

  • 台北の饒河夜市にある「福州世祖胡椒餅」は、その象徴的存在である。同店は1970年代に創業し、台湾北部に「胡椒餅」ブームを巻き起こした。この店のスタイルがメディアで取り上げられたことから、各地で模倣店が出現し、「胡椒餅」は「台湾夜市の顔」となった。1990年代以降は海外の台湾人コミュニティ(香港・日本・シンガポール・アメリカなど)にも広がり、台湾の代表的ストリートフードとして定着した。

  • 饒河街夜市の「福州世祖胡椒餅」の屋台はいつも並んでいるが、現場で皮をこねて伸ばし、大量の粗挽き肉と刻み葱をこれでもかというくらいに皮の中に押し込み、タンドリー釜で焼くという製作工程そのものをライブで見られるので、全く飽きない。そしてワクワク感が最高潮に達した時に、焼き上がったばかりの熱々の「胡椒餅」をフーフー言いながら頬張るのは、まさに至福のひと時。黒胡椒の香りと辛さがツーンと脳髄を刺激すると中毒性を発症し、次回も懲りずにまた長い列に並ぶということを繰り返してしまうのである。

  • さて、「胡椒餅」の基本構成は、皮(餅皮)と餡(肉餡)である。皮は小麦粉に水を加えて練り、ラードを折り込んで層状の生地にする。これにより、焼いた際に外皮がパリパリと香ばしいパイ状の生地となる。餡は主に豚のもも肉・肩肉の角切りまたは粗挽きに、黒胡椒・醤油・砂糖・五香粉・ゴマ油などを加えて調味し、驚くほどたっぷりの刻み青ねぎを混ぜ込む。この「胡椒の辛み」と「葱の甘み」がこの料理の最大の特徴である。

  • 成形した「胡椒餅」は、円筒形の粘土製の窯(類似のものはインドのタンドールに近い)の内側に貼り付け、炭火で高温焼成する。下方に炭火を入れ、内壁に「胡椒餅」を貼って数分焼くことで、内側はふんわり、外側はカリカリに焼き上がる。この独特の焼き方が、「胡椒餅」を一般的な「焼餅」とは一線を画した特別な「小吃」に押し上げた。

  • 「胡椒餅」の仕上がりは直径約10〜12cm、重さ150g前後で、外側は香ばしい焼き色、内側は肉汁がしたたるほどジューシー。焼き立ては特に熱々で、皮を割ると胡椒と肉汁の香りが立ちのぼる。台北の人気屋台では、1日数百個以上を焼き上げる店も少なくないと言われる。

  • 「胡椒餅」は台湾各地で微妙に異なるレシピが存在する。台北型は黒胡椒を強く効かせ、濃口醤油で味付けした濃厚タイプ。台中・台南では比較的甘めで、皮がやや厚く、焼き色が淡い傾向がある。近年では、牛肉餡やカレー味、チーズ入りなど創作系の「胡椒餅」も登場している。

  • 「胡椒餅」に使われる黒胡椒(胡椒)は、中国古来の香辛料の中でも特に「異国性」を象徴してきた。明清期には胡椒は高級輸入品であり、台湾においても清末期まで一部の富裕層・薬膳用途に限られていた。戦後、香辛料の流通が安定すると、外省系料理人が北方式「肉餅」に胡椒を大胆に取り入れ、現代的な辛味を帯びた「焼餅」として定着させたと一般的には考えられる。が、そのプロセスで、もともと台湾に早くから伝わっていた閩南系の「葱肉餅」の影響もあったのだろうと私は思う。このように、「胡椒餅」は「台湾化した外省人食文化」=すなわち台湾における食文化の混成の象徴的存在とも言える。同じく外省人の食文化にルーツを持つ「牛肉麺」や「小籠包」も同様である。

  • 2000年代以降、「胡椒餅」は台湾の観光名物・国際的ストリートフードとして広く認知されている。CNNや『Lonely Planet』などの海外メディアが「台湾に行ったら食べるべきB級グルメ」の一つとして紹介し、観光地夜市(饒河街、寧夏、瑞豊、逢甲など)では行列の絶えない名物屋台となっている。さらに、台北市政府や観光局が選定する「台北夜市十大名小吃」などでも常連であり、地元の飲食学校や観光ガイドブックにも必ず登場する。2020年代にはコロナ禍の中で「冷凍胡椒餅」「宅配胡椒餅」なども登場し、家庭でも楽しめる国民的スナックへと進化している。

  • まとめると、北方の「焼餅」と福建系「葱肉餅」が、戦後台湾で融合して生まれた「胡椒餅」。1950〜70年代に外省系屋台から夜市文化に浸透し、饒河街夜市の名店が全国に広めた。小麦粉を練った生地に豚肉・葱・黒胡椒を詰め、円筒窯で高温で焼き上げ、外は香ばしく中は肉汁たっぷり。台湾で現地化した外省人食文化の代表であり、食の混成文化の象徴的ストリートフードということになる。

  • 本日は台湾を代表する屋台料理の「蚵仔煎」と「胡椒餅」についてお話をしてきたが、いかがだっただろうか。リスナーの皆さんも台湾を訪れる際には、ぜひ夜市に足を運んで私の中の両エース「蚵仔煎」と「胡椒餅」を味わってみていただきたい。

  • 本日お別れの曲は、旺福WONFUさんの歌で『夜市 Oh Yes』をOA。旺福WONFUさんは1997年に結成され、「金曲奨」の最優秀バンド賞に5回もノミネートされている老舗の実力派バンド。この楽曲は昨年2024年にリリースされ、夜市を巡るワクワク感を可愛く表現している1曲。

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