①「1万3千件」
台湾新幹線こと台湾高速鉄道が今年9月22日から導入した静かな車内づくりのための新規則により、10月8日までの期間で乗客に対し行われた注意勧告の件数。
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新たな規定は車内で静かに過ごしたいという利用客から長年にわたって寄せられた声や現場の実情を背景に、9月22日から導入され、電子機器で動画を視聴する場合はイヤホンの着用が義務づけられたり、通話が必要な場合はデッキに移動しなければならなくなりました。また、車内の通路やデッキ部分、さらには駅の床に座ったり寝転んだりして、乗車や乗車待ちの客の動線を妨げる行為も禁止。規定では更に、注意しても従わない乗客に対し、乗車を拒否できるとしています。
9月22日から10月8日までの約2週間余りに走行した全列車内で、規定を守らず注意された件数が計1万3000件あるということは、鉄道1本あたり平均5件未満という計算になります。
その内訳は約半数(49%)が「車内での通話」、次いで「大声での会話」(27%)、「動画や音楽をイヤホンなしで再生」(24%)が主な原因でした。一方で、乳幼児に関する騒音トラブルはごくわずかにとどまりました。台湾高速鉄道は、「静かな車内づくり」とは、車内での通話やイヤホンを使用せずに電子機器を操作するなど、他の乗客に迷惑をかける行為を対象としたものであり、乳幼児や疾患などで自己制御が難しい乗客の行為を取り締まるものではないと強調。これらの乗客に対しては、これまで通り駅員が思いやりをもって必要なサポートを行うとしています。ちなみに子供が泣いてしまった場合、駅員は保護者を手助けし、あやしたり、シールやキャンディー、小袋入りのお菓子などを渡してサポートすることもあるんだそうです。
台湾高速鉄道は、先月導入されたばかりの規定に関し、最初の3カ月間は周知期間として広報活動を強化するとしています。さらに今回の規定を受け、与党・民進党の複数の立法委員(国会議員)は在来線の台湾鉄道に対しても静かな車内づくりに向けた取り組みを進めるよう呼びかけています。
今後、より多くの人が周囲に配慮した行動を取り、一つ目の数字「注意勧告が行われた件数 1万3千件」が減少していくと良いですね。
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鉄道に乗っている時は何を食べても美味しく感じてしまいます。これからは静かな車両で誰かが食事をする音が聞こえやすくなり、よりお腹が空いてしまいそうです。
誰かが食べているものの中で聞こえてくると特にお腹が空いてしまうであろう音の一つに「麺を啜る音」があります。
2つ目はそんな麺に関する数字「第8位」
世界ラーメン協会(WINA)が最近発表した2024年「人口一人当たりのインスタントラーメン消費量」ランキングの台湾の順位
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世界ラーメン協会とは「インスタントラーメン産業の健全な発展に資(し)することを目的として1997年に発足し、本部を大阪府池田市にあるカップヌードルミュージアムに置くほか、現在21ヵ国・地域のインスタントラーメンメーカー60社が加盟する世界規模の業界団体です。世界初のインスタントラーメン<チキンラーメン>の開発に成功した安藤百福氏の提唱によって設立されました。
そんな世界ラーメン協会のデータによると、昨年、インスタントラーメンの一人当たりの平均消費量一位を飾ったのはベトナムで、1人当たり年間平均81食を消費したといいます。つまり、ベトナムの人は平均で約4日に1度、インスタントラーメンを食べている計算に。そして2位が韓国で79食、3位はタイ(58食)、これらの国でも1週間に1度以上はインスタントラーメンを食べている計算になります。その後(あと)はネパール(54食)、インドネシア(52食)、そして第6位に日本とマレーシアが同率で47食。第8位から第10位は台湾(40食)、フィリピン(39食)、中国(31食)でした。伝統的に麺を食べる文化の強いアジア圏では、インスタントラーメンの消費量が高くなる傾向があるといいます。2020年まで韓国が1位を記録していましたが、2021年からはベトナムに抜かれています。
一方、ヨーロッパ諸国では1人当たりの年間消費量は10食未満にとどまりました。
なお、2024年の世界全体のインスタントラーメン消費量は前年比2.4%増の1230.7億食に達し、過去最多を記録。専門家たちは世界中で物価が上昇する中、安くて手軽なインスタントラーメン需要が増えた影響だと分析しています。
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③「1967年」
台湾初のインスタントラーメン「生力麵」が生まれた年。
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当時、台湾で近代的な設備を備えた国際食品公司が日本の日清食品と提携し、台北市北部の北投地区に工場を設立し製造、「生力麵」には日清の「チキンラーメン」の技術が導入され、パッケージもほぼ同じデザインでした。当時はまだインスタントラーメンの中国語「速食麺」の呼び名はなく、「生力麵」がインスタントラーメンの代名詞に。しかしその後、経営不振により市場から撤退してしまいました。
初期の台湾のインスタントラーメンは、日本風の味付けが中心だったため、あまり人気がありませんでした。しかし1969年に試食キャンペーンが行われ、また台風などの影響もあって、徐々に販売量が伸び、1970年代に入ると、様々な企業で発売。今日では台湾の棚にも世界各地のインスタント麺が並ぶまでになりました。
ちなみに、インスタントラーメンの父、安藤百福は日本統治時代の台湾出身です。戦後は中華民国籍になり、1966年に日本国籍を再取得(帰化)したという、台湾に大きく関わりのある人物でもあります。
ということで、後半は台湾とインスタントラーメンを巡る二つの数字をご紹介しました。