北部・台北市の蒋万安・市長は先月の市政会議で、今月3月1日から台湾で初の取り組みである「育児のための労働時間短縮」計画を実施することを発表しました。「親が安心して働きながら、子どもの成長にも寄り添える環境を」この思いからスタートした「育児のための労働時間短縮」計画。どんな計画かというと、台北市に戸籍があり、12歳以下の子どもを送迎する必要のある共働きの保護者を対象に、台北市に登記されている企業が減給なしで1日1時間の勤務時間の短縮(出勤を1時間遅らせる、または退勤を1時間早める)を認めた場合、市が、短縮された1時間分に相当する賃金の8割分を従業員に補助するという内容です。これにより、市は企業と連携しながら減給なしでの時短勤務を推進し、保護者がキャリアと育児のバランスを取りながら子どもに合わせた時間配分を行えるようにすることで、子育てに優しい職場文化の構築を目指したいとしています。同時に、企業にとって従業員の定着率向上にもつなげたい考えです。
この計画は台北市労働局が韓国南西部の都市・光州(クァンジュ)広域市の育児向け柔軟勤務制度の取り組みを参考にしつつ、台北市の産業構造や就業形態に合わせて調整を行い、スタートした取り組みです。
支援を確実に子育て世帯へ届けるため、台北市の取り組みには一定の実施条件も設けられています。労働局は、対象従業員1人あたり、短縮した労働時間に相当する賃金の8割を補助し、1人あたりの上限は1万5,000台湾元(約7万5000円)、1事業者あたりの総補助上限は10万台湾元(約50万円)としています。企業が台北市労働局に申請する必要があり、まずは試行期間ということで申請期間は今年(2026年)3月1日から6月30日までとなっています。
外資系企業に勤務し、2人の子どもを育てるある保護者はメディアの取材に対し「この政策に対し支持する」と表明。都市部では共働き家庭が多く、午後5時前に保育施設へ迎えに行くのは容易ではないと指摘し、企業が協力すれば育児負担の軽減につながるとの期待を示しました。
このように人々から賛成の声ばかりが聞こえてくるかと思いきや、一方でこの取り組みが議論を呼んでいます。
というのも、現時点では台北市のみが推進しているため、政策の発表直後からインターネット上では「この政策で南部から台北への人口流入がさらに進むのではないか」との声が上がっているのです。あるネットユーザーは、「同じ仕事でも、毎日自由に使える時間が1時間増えることの意味は、子育て世帯にとって大きい。中南部では、遅れれば子どもの送迎に間に合わないと不安を抱えながらも定時退社を気にして上司の顔色をうかがわざるを得ない親も多い」と指摘。また、「人々の移動は単身の若者にとどまらず、家族単位へ広がる恐れがある」との声や、北部へ移住する人が増えることで家賃の値上げにつながる可能性もあるとして、市に対し悪質な家賃引き上げを抑制する対策を同時に検討すべきだと呼びかける声も聞かれています。
こういった声に対し懐疑的な意見も少なくありません。「1時間のために引っ越すのは現実的ではない」との声や、台北の住宅価格・家賃の高さ、転職や転校、保育の再調整といった現実的な負担を指摘する意見もあり、「1時間節約しても、住宅ローンが大幅に増えるなら意味があるのか」との書き込みも見られました。
では台北市の「育児のための労働時間短縮」計画に対する他の県や市の見解はどうなのかというと、どの県や市も財政状況を考慮した結果、同様の政策を行うのは非常に厳しいとしています。
南部・台南市の黄偉哲・市長はメディアの取材に対し「台南市としては現在も検討中であり、現時点で導入する予定はない」と回答。特にサービス業や飲食業では午後5時から6時以降がピーク時間帯であり、早退は単に賃金の問題ではなく人員不足に直結すると強調し、将来的な労使関係や交通への影響にも懸念を示しました。また、「財政的に余裕のある台北市が“花を添える”施策を行うことは尊重する」としつつも、台南市としては慎重に評価する必要があるとしています。
台北市のお隣、新北市は、台北市と同様の制度を導入した場合の試算を公表。月給3万6,000台湾元(約18万円)、月20日勤務、申請率8割、かつ両親のうち片方のみが申請するという前提で試算すると、年間で約78億台湾元(約390億円)の予算が必要になるという結果に。財政の安定性や人口規模を踏まえ、慎重な検討が必要だとして、現時点では導入しない方針を示しています。新北市の羅婉庭・副報道官は、新北市は政府が支援を提供する保育施設の受け入れ能力が全国最大規模であり、保護者の負担軽減に努めてきたと説明。労働人口が多い都市であることから、市として引き続き各種施策や関連措置を評価し、産業界と連携して子育てにやさしい職場環境の整備を進めていくと述べています。
中部・台中市も、市の財政状況や予算全体の配分を踏まえ、関連政策の実現可能性を慎重に評価した上で、今後の方向性を検討すると発表。市としてすでに企業に対し、「フレックスタイム制」と呼ばれる、従業員自身が自由に日々の始業・終業時刻を決めて働ける制度や在宅勤務の導入、保育手当の支給など子育て支援策の導入を促しており、子育て世代に対し補助金の支給も行っていると説明。今後も子育てにやさしい職場づくりや就労支援策の充実を図るとともに、台中市に適した施策を慎重に検討していくとしています。
台湾では少子化が深刻化しており、合計特殊出生率(一人の女性が一生の間に出産する子供の人数)は長年にわたり世界でも最低水準(下位1~2位)にあります。2025年の年間出生数は10万7,812人で、初めて11万人を下回り、過去最低を更新しました。
台湾初となる台北市の「育児のための労働時間短縮」計画、こういった状況に対応するための打開策となるのでしょうか?